仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)43号 判決 1958年9月04日
控訴人 小笠原大一
被控訴人 小笠原信儀
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の申立を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出及び認否は、控訴人が、(一)被控訴人は昭和三二年一月一九日本件立木を訴外株式会社小林商店に売却し、これについて何らの権限をも有しなくなつたから、本件仮処分の取消を求める利益がない。(二)本件家事調停は、被控訴人が本件立木は亡小笠原八十美の財産(相続財産)であることを認めて控訴人に二〇〇万円とこれに対する利息の支払を約したので、控訴人は被控訴人ほか四名が右立木を相続することを認めて成立したのであつて、控訴人の本件立木に対する権利(被保全権利)が右調停による金銭債権に変つたにすぎずその間権利の同一性を失わないから、同調停の成立をもつて事情が変更したものということはできない。しかも、被控訴人は本件立木のほかに資産なく、これを処分することが必定だから、保全の必要はなお存続している。と述べ、証拠として、乙第二、三号証を提出し、被控訴人が、(一)仮処分債務者は係争物について権限を有しなくなつたと否とにかかわらず常に仮処分の取消申立権を有するから、被控訴人が本件立木を他人に売却したとしてもなお本件仮処分の取消を求めることができる。(二)本件家事調停で、控訴人は、本件立木が被控訴人ほか四名の共有に属し控訴人の権利に属さないことを認めた。控訴人主張の金銭債権は右調停で新たに成立したものであつて、本件立木に対する控訴人の権利(被保全権利)とは別異なものである。それゆえ右調停の成立は事情の変更にあたる。被控訴人はこの事情変更による本件仮処分の取消をも求める。と述べ、乙第二、三号証の成立を認めたほかは原判決事実摘示と同一(ただし原判決二枚同表一行目に「申立人」とあるのは「被申立人」と訂正する。)であるから、これを引用する。
理由
控訴人は債権者被控訴人を債務者とする原裁判所昭和三二年(ヨ)第一八号不動産仮処分事件で本件立木につき売買譲渡その他一切の処分禁止の仮処分決定があつたことは、当事者間に争いがない。
控訴人は、被控訴人は昭和三二年一月一九日本件立木を株式会社小林商店に売却しこれについて何らの権限をも有しなくなつたから本件仮処分の取消を求める利益がないと主張する。そして、成立に争いのない乙第一号証によれば、被控訴人が右の日時本件立木を株式会社小林商店に売却したことが一応認められ、これに反する証拠はない。したがつて、被控訴人は、本件立木について何らの権限をも有しなくなつたものと言わざるを得ないであろう。しかしながら仮処分債務者は民訴七五六条、七四七条によつて事情変更による仮処分取消の申立権を有するものとされている。けだし、仮処分債務者は、仮処分の当事者であり、仮処分取消の訴は、係争物に対する権利を訴訟物とするのではなく、本案訴訟における請求権を保全するためにされた仮処分の裁判の取消を目的とするものだから、仮処分債務者が現に係争物について権利、権限を有すると否とにかかわらず、仮処分の取消を求める利益を有するものと解されるからである。本件は、被控訴人が売買によつて本件立木所有権を株式会社小林商店に移転した旨の登記がされていることのほかに、右売買に関し何ら特別事情が存在したことの証拠がないから、前記仮処分登記の存在にもかかわらず、被控訴人は右小林商店に対し本件立木所有権を完全無欠な状態で移転すべき義務を負つているものと認めるを相当とする。けだし、仮処分によつて売買、譲渡、その他一切の処分を禁止された立木所有権をそのままの状態で買受けることは、特別事情なくしてはされないのを一般とするからである。そうすると被控訴人は右小林商店に対する義務を履行するためにも、本件仮処分の取消を求める実質的な利益があるものと解さなければならない。それゆえ、控訴人の右主張は理由がない。
原裁判所が被控訴人の申立で控訴人に対し昭和三三年四月一六日付で一四日以内に訴を提起すべき旨の命令を発したこと、控訴人が右期間内に本件立木所有権移転登記抹消登記請求の訴(原裁判所昭和三二年(ワ)第四五号)を提起したが、同年九月一〇日右訴の取下があつたものとみなされたこと、控訴人が右訴の係属中に被控訴人らを相手方として青森家庭裁判所十和田出張所に本件立木その他について遺産分割の家事調停の申立をした(同出張所昭和三二年(家イ)第二三号)ことは、当事者間に争いがない。ところで、民訴七五六条七四六条の訴は、民訴法上の訴に限らず裁判所で実質的に権利確定がされる前記家事調停の如きものをも包含するものと解すべきだから、前記認定の訴の擬制的取下によつて同訴が初から係属しなかつたものとみなされたとしても、なお前記家事調停の申立によつて訴の提起があつたものということができる。たとえ、右調停の申立が前記起訴命令の期間経過後にされたとしても、仮処分取消前に申立てられた以上、訴訟経済の見地から、本件仮処分の取消をすべきものではないと考える。それゆえ、右訴の擬制的取下を理由として本件仮処分の取消を求める被控訴人の申立は理由がない。
前記家事調停事件で、本件立木が控訴人を除く被控訴人らの共有であることを認めること、被控訴人は控訴人に対し二〇〇万円とこれに対する利息を支払うこと、などを条項とする調停が成立したことは、当事者間に争いがない。控訴人は、右金銭債権は控訴人の本件立木に対する権利(本件被保全権利)と同一性を有すると主張するけれども、このことは、右の事実に控訴人の全立証を総合してもとうてい疎明されない。そうすると、前記家事調停の成立で、控訴人は本件立木について権利を有しないことすなわち本件仮処分の被保全権利を有しないことが確定したのであるから、事情が変更されたものというべく、本件仮処分はこれを理由として取消すのが相当である。
よつて、原決定は結局正当であつて本件控訴は理由がないから、民訴三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 鳥羽久五郎 羽染徳次)